ロケーションフリーTVの時差


ソニーのロケーションフリーTVによって、世界どこにいてもブロードバンドを使って日本のアナログテレビ放送をリアルタイムに見ることができる。詳細は割愛するが、簡単に言うと日本に設置されたこの装置はテレビ放送をデジタル圧縮して、インターネット経由で送り、受信先のPCで閲覧すると言うものだ。送信、受信の双方でMbps以上の帯域幅が求められ、接続はいわゆるP2Pである。常に受信側が送信側のIPを叩いてはじめて接続が確立されるが、送信側のIPアドレスが固定されていない場合に備えてDDNSサービスも用意されている。
さてテレビ画像だが、双方の接続速度、コンディション、そして双方をつなぐルート上のトラフィックによって画質がかなり変わる。速度に応じて圧縮率や画質をダイナミックに変えるという機能のため速度低下でもかなり粘るが、最低画質ではダイアルアップ接続でリアルプレイヤーの動画を見ていた昔を思い出させる。

locfreetv0リアルタイムとはいうものの、なにしろ圧縮動画をインターネット線で送っているのでそれなりに時差はある。なにしろ日本からフランスまでであるから地球を半周近くしなければならない。しかも日本から西ヨーロッパへのインターネット線は、ユーラシア横断ではなく、日本から太平洋を渡り、北米を横断し、大西洋を越えるというスゴイ遠回りをしなければならないらしいからなつかしのドロンズもびっくりである。Trace routeで見ると、フランステレコムのバックボーンからロンドンに行き、以降NTTの名の付いた中継で北米に渡り、日本にはiij経由で入ることが多いようである。その時差はpingで日本の代表的なサイトを叩くと300 msほどとなる。これが理論的な通信の時差である。

さて実際はどうだろう。いくつかの例で見てみよう。日仏で同時に地球上のあるイベントを見た場合その通信経路の違いにより発生する時差を見てみるのである。はじめはこちら。F1日本グランプリでラップタイム表示があったのでそのときの画面キャプチャである。日本側はもちろんフジテレビのアナログ放送(厳密に言うならば、放送はUHB北海道文化放送経由)生中継をロケーションフリーによりフランスで見ているもの、フランス側は同時に衛星生中継されているTF1の映像でWindows XP mediaでアナログ放送受信である。F1通ならこの映像に「おやっ」と思われるかもしれないが、これは2006年の鈴鹿からのものだ。つまりネタはずいぶん前からあるのにアップを怠ったと言うことだ。これによると0.9秒の時差があると言うことになる。pingで得た0.3秒からするとそれほどでもない。
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しかし日本で行われているF1がフジテレビにより撮影され配信されるとして、地デジ以降により機材がデジタル化されているとすると、日本側でお茶の間のアナログチューナーに届く前に遅延があるだろうし、それは国際配信にも及ぶかもしれない。もしかすると一方にのみしか遅延は無いのかもしれない。いまどき家庭の映像機器で録画しながら追っかけ再生が可能である。放送局は事故に備えて遅延を設けていると言う話も聞く。正確な時差を求めるにこの方法は不確かである。

ところで私が書き手ではなく読み手ならこのような話の流れに少々嫌気をさすことがある。というのはこの方法ではよくないと言うのはやる前からわかりきっていることであり、それでもなおそんなことをやってこのように紹介しているのははっきり言って時間の無駄である。が、残念なことにテレビ番組ではそれが科学番組の体裁をしていても、結果を劇的に盛り上げるために「それはまず無いだろう」という仮説まで検証するのが常である。ミステリー、超常現象モノでよくあるパターンだ。
わざわざこんなことを書いているのは、このキャプチャの前後で両映像を見ていると結構面白いことがわかったからだ。中継の両映像がほとんど同一である。日本側は日本側で独自のテロップや映像を重ねているところもある。しかるに両者の差で圧倒的なのがコマーシャルの量である。フランスはコマーシャルが少ない。日本がコマーシャルの間もこのように放送は続くが、ある意味これは日本では決して見ることのできない貴重な映像だ。もちろんこの間にレース上の重要な動きでもあればだが。
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上記の問題点を踏まえてもう一つの測定を試みた。今度は単純に日本からの通信時差を測定すると言うものである。日本のイベントをどのように時差なしでフランスで知ることができるか?それは電波時計から送信される時刻情報である。世界各地で各領域をカバーする電波時計は標準のセシウム原子時計から100万分の1の誤差で時刻を送信している。テレビ送信側(日本)のロケーションフリーTVはアナログ放送を転送しており、受信側、フランスではドイツ、フランクフルトそばにあるにDCF77という電波時計で元PTB (Physikalisch-Technische Bundesanstalt)、現ドイツテレコムによって運営されている。周波数は77.5kHz。と言うことでさっそく電波受信機能のある時計とロケーションフリーで受信される日本の時差を比べてみよう。映像はフジ(厳密に厳密を重ねるならば、放送はUHB北海道文化放送経由)、目覚ましテレビの午前6時だ。これらを同時にビデオカムに収めた。
再生できない時はwmvファイル

これによると時差として4秒弱が確認された。これこそが厳密な意味でのロケーションフリーの時差である。単純なpingで300 msであったものが動画配信で地球を半周以上するとなると4秒ものレイテンシとなるのである。もちろんこれを長いと見るか短いと見るかはそれぞれの視点による。テレビ番組が見れるなら4秒などどうでもよいし、5分遅れだってかまわない。しかしリアルタイム性が求められるとしたら、たとえばこれば一方的な放送ではなく、テレビ電話のような双方向通信なら4秒は長すぎる。テストの補足としてIP電話あるいはスカイプで同様の試験で確認したいところだ。

繰り返しになるが、当サイトでは管理人である私がずぼらなので面白いネタがあってもアップが遅いのでかなり塩漬けになっているものがある。多くは賞味期限を過ぎて面白くなくなってしまっていたり使い物にならなくなってしまったりしているが、時に後のネタで相乗効果を生むものもある。今回はどうだろう?実はつい先日のことであるが、ドイツの度量衡を司る研究所(日本ではつくばの産総研に相当!?)の方と無駄話する機会があったのだが、そこで話題になったもののひとつが日本のデジタル放送で消えた時報の秒針である。ドイツはわからないが少なくともフランスでテレビの時報に秒針は無いが(秒単位で番組進行が管理できない?)、日本のデジタル移行で数秒の誤差がでる秒針が無くなったという話はかなりバカ受けであった。実はヨーロッパも着実にテレビのデジタル放送移行が進んでいるが、ドイツはその先頭集団にいるようで地域により既にアナログ停波もあるようだ。実際放送の時差はいかほどのものかはともかく、視聴者がそれぞれの時差を持っているとすると結構おかしなことが起こりそうである。ワールドカップサッカーのような超巨大イベントのテレビ中継では、ピンチだチャンスだで近所からとんでもない悲鳴や歓声がきこえてくるが、ここに2−3秒でも時差があったりすると・・・かなり微妙である。ゴール前の緊迫した状況で隣人の数秒早い歓声を聞いてしまったら?「ナンダ?ナンダ?」であり、数秒遅れて歓声を上げるのも結構マヌケである。
で、話ついでにこの実験を説明したところ、曰く「各国、各地域の原子時計はそれこそすごい精度で毎秒毎秒『時間』を刻んでいるが、しかし絶対的な『時刻』と言うのはわからない」と。もちろんこの実験で得られた4秒近い時差からすると大いに無視できるとのことだが。しかし度量衡の番人だけに突っ込みどころがスゴイ。加えて「宇宙の時刻ゼロはどこだろう?ビッグバン?しかしビッグバンからほんの一瞬でものすごいことが起きているので、現在のセシウム原子時計の精度ではどうだろう?」。セシウム原子時計が約10GHzの周波数の電磁波を元に時間を決めている。1E-10秒である。想像上の宇宙ゼロ時刻から1E-10秒までには既にクオークの生成と4つの相互作用が分離されているという。なんのこっちゃ。

さて、肝心なのはいまどきブロードバンドの通う地球上の2点は数秒で動画で対話できるというありがたい話である。しかしどうにもならないのは物理的な時差である。ウチのロケーションフリー開通までの話はいずれ別途書くかもしれないが、スカイプ経由で日本側の設定を指示し、最後の設定が終わり、最初の接続で飛び込んできた映像は「めざましテレビ」で「おはようございます」という一言であった。フランスでは前日の夜11時を回ったところだ。こればかりはどうにもならない。一方、日本のゴールデンタイムはフランスの昼間になり、夕食前後の団欒にテレビをつけると深夜のヘンな番組や早朝の通販番組となる。
おまけとして、時差を測定のために用意したもう一つの映像を披露しよう。これはラグビーのワールドカップ、フランス大会で2007年のものだ。イギリス対南アフリカの対戦で同時キャプチャによると・・・スゴイ時差。中継基地はイトカワか?日本側で放送枠にあわせて録画中継にしているようだ。それも50分の遅延で。
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